ーーー命のほどや長からん この松が枯れるとき 私の命もないものとーーー
およそ二千年の昔、弥彦の神様天香語山の命が 南の国から海をお渡りになって、この野積の浜に 上陸され漁労や農耕の仕事を授けられました。
ある日神様は 村人を呼んでご馳走されました。すっかりご馳走になった上
、お土産を貰って帰りました。さて、そのお土産をそっと開いてみると為体の知れない食物だったのですが 捨てるのはもったいないと戸棚にしまい沖に漁に出ました。其の留守中に金五郎の一人娘は、とてもおいしそうだったので一口、二口つまみ食いをし、それからというもの娘は、いっこうに年をとらず何百年が過ぎました。いっこうに年をとらない娘は、深い悩みにおそわれ、剃髪し尼さんになり諸国修行の旅に出て行きました。家を出るとき娘は三本の松を植え、この松が生きている限り私はどこかの地できっと生きていると思ってください。と言い残して行きました。そしてついには、若狭国小浜(福井県小浜市)の建康山空印寺というお寺の岩屋に入寂しました。
人々はこのいつまでも年老いない尼を八百比丘尼と名付け、この松は八百比丘尼の松と言い伝えられています。